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能古島視察③ 能古島アイランドパーク後編

業務改善&組織変革
Chi-ho's studio(チホズ スタジオ)
産業カウンセラーの鎌田千穂です。

先日行ってきた能古島アイランドパーク

前回書いていた内容だけじゃ書き終えてないもんで、もちっとアップしようかなと。
 
前編 能古島視察①「のこのしまさくらんファームパン工房」にも書きましたが、花と景色が抜群なんです。
一年中花が咲き乱れる自然公園は、大声で話しても、騒いでも、駆け回っても誰からも何かを言われるわけでない。
子どもたちだけでなく、大人も腹の底から楽しめるところです。

昭和レトロ「思い出通り」

バーベキューが楽しめる広場に行くまでの途中に「思い出通り」があります。
30年前は、鍛冶屋とかあったのでしたが、今はお店は別の店舗として活躍していて、以前よりも、もっと建物が増えて、古き良き昭和を楽しめるほど充実していました。

久しぶりの訪問だったお陰で、時代に流されることなく、四季折々の移り変わりと一緒に自然と人がとけあって、共に育つ能古島アイランドパークを感じることができました。
その上、私も30年ぶりに訪れたことで、同じ時間を共有し、別のところで共に育っていたんよねぇと感じることができて、それと同時に能古島アイランドパークの過去と今を比較できる優越感が沸き上がってきて、ちょっと得した気分になりました。

長谷川法世さんと博多町家

「思い出通り」の一角に、子どもたちが無料で試着できる甲冑が飾ってあります。
撮影などで利用されたモノもあり、長谷川 法世(はせがわ ほうせい)さんのご尽力と伺いました。

また、能古島アイランドパークにある博多の町家「旧内田邸」も、長谷川代表を中心に市民有志の方々が集い、博多独自の町家文化の継承・保存運動に取り組まれ、9年ほど前にアイランド-パークへ移築・復元が実現されたそうです。

ちなみに、長谷川法世さんは、福岡で活躍されている漫画家です。
昔からのテレビCMでは、福岡の博多銘菓で「傑作饅頭~~」という音楽が流れるCMと一緒にキャラクターが出てくることでおなじみになっています。
そのため、「博多町家ば残そう会」の代表をされているのは聞いたことがあっても、具体的に何をされているのかは存じませんでした。

おもいがけず、能古島アイランドパークでお話を聞く機会となり、博多の町家を残す活動を通じて、能古島アイランドパークとつながっていたんだと、私の中で色々と情報がつながって楽しかったです。

本当に、今は良い時代です。
知りたいことを探すと、情報発信してさえしてくださっていれば、欲しい情報は無料で拾い上げられるんです。

ブログを書きながら、能古島アイランドパークと長谷川法世さんのことを、もう少し詳しく知りたくて、関連の情報を探してると見つかりました。

能古島アイランドパークFacebookのどんがら館 お披露目に、当時の思い出がアップされていましたw

最後の文面に、俳句の会やアートギャラリー、展示会など、町家の空間を活かした活用法で皆様にご利用していただくことを検討しております!と書いてあった通り、9年前の想いそのままに、今に繋がって町家もそのままに生きていて、人から応援されながら、その想いを今につなげられるって凄いなぁと、じんわりと何かが心の底からこみあげてくるのです。

今回は視察できませんでしたが、キャンプ場もあります。
キャンプ場では打ち上げ花火やキャンプファイヤーもできるようになっていて、あれはダメ、これはダメという縛りはなく、昭和のままののびのびとした過ごし方ができる場所です。

最近は、子どもが遊ぶための公園であったものは、全ての遊びを禁止されることが多くなり、公園としての役割や機能は全く果たすことがない、アート空間と化しています。
あれもダメ、これもダメ、これをするにはお金がいくらかかる。
大人が子どもの遊びに口をはさみ、営利目的を追加する、そんな多くの制限を正義とすることに全力になり、子どもが遊べる場所はどんどんなくなっていく中で、ここはそれがない。

もちろん、最低限のルールは必要です。
それは、こういった環境だからこそ、大人が子どもに実体験をもとに、教えて育てていくことが、本来は必要なのではないだろうかと切なく思うこともありました。

人生の道は、前にも後にも一本しかありません。

私がどんな道を選び歩もうとも、それは一つしか歩めません。

時折、山道になり、下り坂になること。
風雨や日差しにさらされることもあります。
木陰で休むことを許される生き方も選択肢の一つなんだよなと感じています。

子どもは、大人に制限された環境で育つことが当たり前になります。
そして、そのことを疑うことを大人が制限します。

未来に私は何を残したのだろうか。
50年生きてきたからこそ、今を一生懸命生きてきて、コロナ禍で木陰で休む時間が手に入ったからこそ、何してたんだろうなぁと考える時間を手にして、気持ちを持て余してしまいます。



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