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今日は、言葉の変化について書いてみようかと。
皆さんは言葉についてどう思いますか?
実は、毎日使う言葉というものは、流行や国政により移り変わりゆくものなんです。
――「動物」と「植物」という翻訳の副作用
「動物」と「植物」。
何も考えずに使っているけれど、
この言葉が広まったのは明治以降。
あの時代、日本は近代化に向けて必死。
欧米列強に飲み込まれないために、
国の形を一気に“近代化”する必要があった。
法律も、軍隊も、教育制度も。
そして学問の言葉も。
西洋の概念を、日本語に移し替える。
animal をどう訳すか。
plant をどう訳すか。
そこで生まれたのが、
動く“物”。
植える“物”。
合理的で、定義に強く、分類しやすい。
近代国家にふさわしい、整った言葉。
明治は、世界を「整理」する方向へ舵を切った。
江戸までの世界観
それ以前。
日常で使われていたのは、
獣。
草木。
人・獣・草木。
この並びには、上下というより“横”の感覚がある。
もちろん江戸が理想郷だったわけではない。
狩りもするし、利用もする。
でも言葉の配置は、少なくともフラットだった。
明治は制度だけでなく、
世界の“見取り図”まで輸入した。
翻訳は便利だ。
でも翻訳は、思想も一緒に運ぶ。
定義する側に立つということ
「動く物」
「植える物」
分類するという行為は、
必ず分類する側を必要とする。
そして分類する側は、
分類される側より一段上に立つ。
無意識で。
近代は賢くなった。
定義できるようになった。
その瞬間から、
世界との距離を測れるようにもなった。
桜の花が待ち遠しい樹の下で
硬いつぼみの桜の下で、犬が無心に走っている。
犬を「物」と呼ぶことに、私は少しだけ引っかかる。
愛していると言いながら、
共存していると言いながら、
呼び方はずっと「物」のまま。
文明開化は成功だった。
でもひとつだけ確かなのは、英語を日本語に翻訳したあの時代。
私たちは世界を“関係”より先に
“定義”するようになったということのような気がする。
呼び方ひとつで、立ち位置は変わる。
気づかないくらい、簡単に。
そして厄介なのは、それを進歩と呼べてしまうことかもしれない。
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