職場の人間関係・メンタルケア・適材適所・離職対策
30年以上の多業種経験をもとに、個人と組織の「本来の力」を引き出します。

こういった事をしていると、話を聞いてほしいだけの人の話を、
自分の意志とは無関係に聞かされることが多い。

その中で、不信感というものがある。
不信感は、全てとは言わないまでも、自分が勝手に相手を判断して、過度に何か期待をしていたが、現実はそうでなくがっかりさせられるとき。
また、ある根拠により信頼していたけれど、実はそうではなかったと気が付いたときなど、そういった時に生まれやすい。
その思い込みの度合いと比例して、不信感は大きくも小さくもなる気がする。

そもそも、対象に対して、自分自身は勝手な思い込みで、勝手な期待をしているわけなのだが、その期待が外れた場合は、自分を正当化し相手を否定するのだから、相手にとってはいい迷惑でしかない。

けれど、一度不信感を感じると、全てがおかしく見えてくるようになり、何もかもを疑うようになる。

そうなるともう止まらない。
自分自身の中で、対象を全面否定し、拒絶するためにだけ、悪いところしか見えなくなる

また、その対象と似たような現象や兆候をみると、関連のない他人でさえ、同類とみなし、同じ不信感を抱くようにもなる。
結局、一度感じた不信感は、よっぽどのことがないと払しょくできないのかもしれない。

でも、本当は、不信感を持ってしまった自分の責任。
いわゆる、自分の判断力の責任なので、物事を広い視野や違う視点で判断できるスキルをみにつけるする必要があるだけのこと。

企業の中で、そういったトレーニング時間を、取れると定着率が上がり、能率が上がるので、収益も上がる。

売上が上がらない時ほどこそ、そこに目を向けてもらいたいなーと感じる。

私の場合は、きっとその点は冷ややかに判断しているのだと思う。
たいてい、そうまでして、やらないとならないものだろうかと疑問に思ってしまうので、不信感を持てるほど相手を信頼していないのかもしれない。

だからこそ、不信感を持てるほど、思い込みでも期待ができるというところがうらやましくもある。

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