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若松駅の機関車

変化の多い時代を生きるあなたの未来創造アドバイザー
悩みを解き放ち開き放つ、業務改善&人材育成の産業カウンセラー
九州を中心にお仕事をしている
Chi-ho's studio(チホズ・スタジオ) 鎌田千穂です。

若松に行くと雨ざらしの機関車を見ることができます。
今回は、ゆっくり時間がとれたので、この機関車をじっくり見てきました。
 
遠くから見ると威風堂々としていたのですが、
海がそばにある事もあってか、腐食がすごくて、昔は頑張って地域に貢献した面影は跡形もなく、なんだか可哀そうになるくらい。
 

若松だけでなく、行橋などもこういった石炭文化があるところに、昔の名残など含めて、機関車が置いてあるようなのですが、若松の機関車の扱いは粗雑な気がします。
 
そういえば、西鉄大牟田駅出てすぐに見ることができた路面電車も、以前は腐食がすごかったようだったのですが、今は塗装のし直しで綺麗な姿をとり戻してましたっけ。
 
記念碑には、
 
「明治24年8月若松駅開業と同時に、石炭車入換のため操車場がこの地に設けられました。
その後港の奥3kmに至る岸壁沿い42万㎡の鉄道用地に、35万㎡の操車場ほか機関区・客貨車区・鉄道工場・保線区等の機関が設けられ、1,500人の職員を擁して日本の近代化を支える筑豊炭の港頭輸送が図られました。
操車場では昼夜の作業が行われ、最盛期には年間1,000万tの石炭が到着後船積みされ旧国鉄時代には常に日本一の貨物取扱駅操車場となりました。
ここはその旧国鉄職員の辛苦と栄光の歴史を刻んだ操車場東端の跡地であります。」
 
とう内容をよみながら、
もう少し古き良き昔と文化を大事にして欲しいなぁと思ってしまいました。
 
 
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at 2019/06/12 00:00:00